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'JETPLANE' とゆースキマ系体操HP復活までの暫定ブログ


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1981年・グナウク
近年では段違い平行棒=中国の図式がありましたが
(過去形にしてるのは意味があるよーなないよーな)
80年代は東ドイツが最も得意とした種目でありました。

世界選手権では85年優勝のフェンリッヒ、
シリバシュと同点優勝を果たした87年のトゥムラー、
更にソウル五輪では団体規定と種目別で10点を出しながら
持ち点の差で2位になったケルステン、と成績を残しております。

またロンダート〜後方宙返りの開始技を見せたイエンチェ、
170cm近い長身で豪快な振りが魅力のクロツ、といった選手も。

図らずも名前を挙げた選手5人がソウル代表で
1人残ったシーファーデッカーの立場なし。でも見たことないんすよ。


その先鞭をつけたのがマキシ・グナウク→こちら
79年から世界選手権3連覇、モスクワ五輪でも優勝。

デビュー当時から世界一の演技を披露しつつ
引退まで持ち技を進化させ続けた偉大な選手です。

※本当の意味の先駆者はグナウクよりも
「クレーカー下り」なんて技も持つクレーカーでしょうけど
そんなことこだわっちゃいけませんよ。


モスクワ五輪では個人総合優勝のチャンスもありましたが
最終種目の跳馬が飛距離の全くない伸身ツカハラで。
飛距離も伸びなきゃ点も伸びない、ってわけでコマネチと同点2位。

しかし翌年のモスクワ世界選手権では身長も伸び、
苦手だった跳馬でもツカハラ1回ひねりを跳ぶように。
身長が伸びれば単純に雄大さも出ますわな。それ以上の問題もあるけど。

この大会のソ連選手は絶対的に強いというわけでもなく。
(ただイリエンコが個人に出られてたらどーだったか)
グナウクが文句なしに優勝候補筆頭だったはずでした。

ですが団体自由の床でアクシデント。
最初のタンブリングで足を痛め演技途中で終了。
2.5とゆー驚愕の点数であっさり個人優勝争いからは脱落。
(当時は団体総合の得点の半分が持ち点になってました)

それでも続く跳馬と段違いでは高得点を獲得。
種目別では跳馬・段違い・平均台で3冠を達成しました。


↑という結果からも見るに
床も得意だったグナウクが優勝候補筆頭だった、と言えるんですけど。
つくづく運命って奴は非情なもんです。


マキシ・グナウクとゆー名前も強さ溢れてますが
男の子が欲しかった両親がマックスという名前を用意してたために
最後にi(=Maxi)をつけて女の子の名前にしたとか。

演技中のグナウクは無表情で
むしろ眉間にシワなんてあった方が似合いそうな感じがするほど
淡々とした強さがありました。


この記事に対するコメント

Maxiとはすごい名前です。知られざる・・・というか一般にはしられていないこういったエピソードそれぞれがすごい面白いです。
関係なさ過ぎる話ですが、うちのブログで扱っている漫画にも『マキシマム』から取った『マキシ』というキャラが出てきます。男だと思うんですがなぜか子供のころは女の子の格好という・・・そしてとても強い。
しかし昔の争いの点のレベルはどこまでやりゃ勝てるんだという感じですね!

【2006/07/24 22:37】 URL | まーくはんと #hAQOBuh2 [ 編集]


体操とは全く関係ないですが
FSSは昔うちの姉が大好きでしたよ。

当時僕は小学生で、読んでみろと言われましたが
あまりに難しすぎてとってんぱらりんのぷー・・懐かしい。

【2006/07/26 18:52】 URL | tatsu #938Jq/Wo [ 編集]



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